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E-Mail:
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082-233-5000
082-232-8251
FAX:
082-232-8260
所在地:
〒733-0032
広島市西区東観音町10-2
(
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)
僧侶養成講座と専従職員の資質
僧侶養成講座のご案内 受講者受付中です
お坊さんになりたい…
修行について
「お坊さん」と言いますと
葬儀について
僧侶の資質として
大切な運営の公開と財務の公開制度 内緒事は諸悪の根源で腐敗の原因です
立腹するのは判断力が足りない 仏縁が有るか、無いか、で考えるだけ
お坊さんの最大の目的は何か 迷いが無く、真実を知ること
僧侶養成講座を開く理由 当初は、受講者自らの迷いを無くす
実際の観音院の僧侶の実態は… (現在、参拝し修行中の皆さんにお聞きしました)
僧侶養成講座と専従職員の資質
僧侶の育成には、「信徒」としての経歴が非常に大切なことが判明しましたので、信徒歴2年以上と定めました。
面識の無い人の飛び込み出家は今後は受けません。生前得度も1年以上の信徒としての経歴が必要です。
■生前得度と戒名、御葬儀などの予約
どなたでも年齢資格を問わず受戒して「生前戒名」をもらうことが可能です。院号居士の立派なものです。法衣など得度費用全部で十万円以上のご喜捨をご用意下さい。
日時や費用については info@kannon-in.or.jp にご相談下さい。お葬儀の相談にものらさせて頂きます。
■食事の嗜好は原則不可■
1.お肉の好き嫌い、魚の好き嫌いなどを言ってはなりません。 2.菜食主義者も食事の嗜好は認められません。
3.接待を受けて生活しているのが観音院と融通尊寺の僧侶です。 4.招待を受けても、料理は出されたものを感謝して頂き、他には注文してはなりません。
5.ウーロン茶、緑茶、デザートなどは原則辞退します。
6. 食事にはお茶、水などが最初からついています。
■下記の癖のある人は、観音院と融通尊寺の僧侶に不向きです
01.食事をしながら新聞や雑誌を読む。
02.好きな部分を最後にとっておく。
03.ケーキのセロファンをなめる。
04.食べながら、物を言う、喋る。
05.みそ汁をごはんにかけて食べる。
06.生卵を直接ご飯にかける(器にとらない)
07.ひじをついて食べる。
08.迷い箸。
09.嫌いなモノだけをよける。
10.とりあえずにおいをかぐ。
11.三角食べをしない。
12.皿に残ったソースをなめる。
13.残り少ないジャムやバターの容器にパンをつっこむ 。
14.なめ箸。
15.七味・こしょうなどの薬味を異常にかける。
16.鍋から直接ラーメンを食べる 。
17.口いっぱいに食べ物を入れる。
18.箸やスプーンの方に、口を持っていく。
19.くちゃくちゃと音を立てて食べる。
20.スパゲッティを音をたててすする。
21.食べる前に調味料をかける。
22.ピザやパンのみみだけ残す。
23.口を開けながら噛む。
24.どんな料理にもマヨネーズをかける。
25.ナイフやスプーンを使うときに音を立てる。
26.取り箸(料理をとりわけるための箸)で食べる。
27.食事中に爪楊枝でシーシー。
■上記に該当する癖をお持ちの方はご遠慮ください■
■観音院や融通尊寺は、逃避の場所ではありません■
01.社会人として世渡りが出来ない人は僧侶としても無理です。 02.お寺は福祉施設ではありません。僧侶は世間を指導する知識が必要です。あるいは職業訓練をする能力が必用です。
03.寺に雑用はありません。寺男は必要ありません。
04.失業中の人は原則として僧侶になれません。
05.仕事を破綻させた人は僧侶になれません。
06.仕事を転々とした人も僧侶になれません。
■僧侶として受け入れられない人■
01.未成年者
02.満50歳以上
03.健康診断書の提出できない人
04.修行中の生活費が無い人
05.破産者、禁治産者、これに準ずる人
06.債務のある人
07.刑の判決を受けて執行猶予中の人
08.被扶養者のある人
09.刺青のある人[消去した人を除く]
10.飲酒・喫煙する人
11.その他、修行に耐えざる人
12.上記に準ずる人
■ 専業僧侶入門 ■
01.履歴書審査
02.住職面接
03.健康診断書の提出[指定医院あり]
04.住職面接[合格した人は05.へ]
05.得度
06.礼拝出仕3ヶ月[無給]
07.加行[6ヶ月無給]
08.10人以上の信徒の推薦で所属僧侶、評議員就任
布施が受けられる立場となることができます。賞与は有りません。
●得度後、専従僧侶に自動的にはなれません。大学卒、IT関係に 詳しい、信仰心が篤い、勉学に熱心等の不可欠の条件があります。 防火管理者・食品衛生責任者の資格取得も不可欠です。
おおよそ日常法要二百座出仕後に、常勤監事の推薦が必要です。
□観音院就業規則□
就業時間
1、就業時間は各自で相談し、寺の運営に差し支え無いようにして下さい。
1-1残業や時間外労働は絶対に止めてください。休日出勤は認めません。
1-2休日は祝祭日が取れるよう相互に協力して休養を大切にしましょう。
2、給与は月給とし、病気、忌日等で出勤できない場合も休日に扱いません。
育児休暇は産前2ヶ月、産後一年有給とします。育児中の子供の参観日や懇談会は勤務と見做します。個人の祝祭休暇も相談して決めましょう。
2-1定年は設けません。治癒不能が判明しても、亡くなっても、その時から6ヶ月は給与を払います。死亡後は観音院で丁重に供養します。
3、専従職員は全員が評議員として、観音院の運営に参画します。住職同様の責任感を持ってください。試用期間中に速やかに防火管理者と食品衛生責任者の資格を得てください。
職員の採用
4、職員の採用は、専従職員の意見を聞いて、試用期間三ヶ月内に決定します。
試用期間を経て評議員にならざる場合は、職員の資格を失います。 5、この規則に無いところは法に従って皆で相談して決めて下さい。
解雇
職員間の協調を欠いた時、守秘義務事項を漏らした時、飲酒運転など社会に迷惑となる行為をして検挙されると、職員の資格を欠きます。
禁治産者、準禁治産者、刑の判決を受けた時は執行猶予の期間が終わ るまでは失格します。実刑判決を受けたものはその時から刑の執行が 終わるまで、職員の資格を失います。信徒に公序良俗の範囲を超える 喜捨を求めた者も同様とします。
出張
一泊に就き三千円の出張日当、乗り物は飛行機はビジネスクラス、鉄道 船舶も同等に考えてください。信徒と同行する場合は信徒の指定に従っ てください。一日十二時間を越えて運転する車両での出張を禁じます。
禁止事項
職員は割賦で物品を購入せず、金融機関等からの借入は職員全員の同意 を必要とします。無断でローンを組むと職員の資格を失います。 連帯保証人となることも禁じます。法人のレンタルは除きます。株式売 買は一につき年二回までを限度とします。先物取引も禁じます。観音院 の他の宗教の信徒となった場合は当然に退職してください。 この規則は非常に幅広く職員の生活を考えて職員全員で決定したものです。
平成2年3月31日
僧侶養成講座のご案内 受講者受付中です
お坊さん大募集、広島道場、遠方の方は集中講座で。
広島観音院では、毎週土曜日、午前十時から「経典勉強会」を
開講中。
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お坊さんになりたい…
お坊さんにもいろいろありまして、寺に生まれて住職を目指して
僧侶になる人。一般の家庭に生まれ僧侶を志す人。老後の仕事としてお坊さんになって「世のため人のために尽くそうか」と言う人。仏教に心ひかれて本格的に学びたいと思っている人。仏教によって修養をし向上を願う人・・・。
お坊さんになれば、多少は恰好良いし、就職難のおりから、一般よりは高い収入で生活が安定するとお考えの方は、対象外です。
「お坊さん」は職業というより、「覚り」を目指して精神修行をするグループ(僧伽)の一員になると考えてください。
※僧伽は梵語のサンガといい「僧侶」の原語からきている用語です。
佛縁を正式に結ぶという「得度」もあります
生きている内に戒を受けて戒名をいただき、善き人を志す入門とか仏縁を意味する得度もあります。
仏教徒と言いましても、親が仏教徒で自分も自動的に仏教徒と
考えておられる方がおられますが、これは間違いです。
仏教徒になるためには、好きな宗旨宗派を選び、不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌、不慳貪、不瞋恚、不邪見よりは、少し易しい日常十善戒を努力目標として生きる約束をすること。
お寺によっては熱心に生前戒名授与という形で布教活動の一環としてなさっておられるところも沢山あります。
観音院も「仏縁を厚くすること、希薄になった人間関係の中で、お寺が精神的な実家同様の働きをする」ことを意味する得度があります。
これは、僧侶を目指す得度と実質的意味は同じですが、お寺はご縁がある人として大切に遇しますが、修行は条件としません。一日僧侶よりは重く、三日坊主よりは軽いと考えられて結構です。
費用も戒名料は無料、数珠や袈裟、仏具実費が五万円、乃至三十万円、(各自の好みや要望、必要によってそろえてください)
原則は「ようこそ」ですから無料でも構いません。
所用時間は約一時間、前後の日常法要には最低一回は出仕して頂きますので、全部で朝九時に寺に来られて午後三時くらいまで時間をとってください。
軽い意味の出家得度ですが、ご本人の希望では、正式な僧侶養成コースに入られるのも自由です。
正式なお坊さんになりたい場合は、ご分霊本尊を迎える、僧衣を作るなどいろいろ費用がかかります。いろいろな考え方を受容しますので、ご遠慮なくご相談ください。
■生前戒名授与は、僧侶養成講座と異なり
、年齢・性別・健康・
入院中の代理も可、どなたの希望も受け入れます。
面接はありませんが、観音院で得度を受けられた人の紹介は必要■
このたびの応募の条件は、20歳以上、出来れば十分な社会経験があり、一応50歳、または定年前後くらいまでとしておきます。
実際の年齢よりは、熱意や、健康と見かけの方が大切です。自宅にバソコン常時接続が絶対条件で、経歴書は
メール
で必ず送ってください。
僧侶の修行しつつ、皆さんがもっておられる技術能力を社会に提供する奉仕活動も出来ます、例えば日本語以外の言語が使える人はこれからは特に望ましいと思われます。観音院のホームページのアクセスは1日平均約2万、そのうち18%は外国からで、その熱心な要望に応えるため現在も担当僧侶はメールの返事を書くのに苦労しています。
お申し込みは随時、受付けています。ご遠慮なくお問い合わせください。おひとりからでも僧侶養成講座は開きます。
僧侶も尼僧も、どちらでも受け入れます。但し、現在、子供さんの養育などが負担になっておられる方は、なにかと無理が生じますのでご再考ください。
僧侶(以下尼僧も含めて)は現世を何とか良い方向に導きたいと願う使命感が大切で、自己の生活をどのようにしてやって行くか、家のローンをどうして払おうかと考えておられる状態では、折角、僧侶になられても、他人の救済どころではありません。また、他人のお世話を十分にするには、健康も大切な条件です。
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修行について
一応の修行はして頂きますが、観音院では苦行といわれるものは、全て除いてあります。例えば、正座が出来るにこしたことはありませんが、全く期待しておりません。あぐらがかければ大丈夫です。法要は椅子式が大半ですし、会場や民家の座敷で、葬儀や法事をする時は半跏趺坐(はんかふざ)といって結跏趺坐(けっかふざ)の略式で大丈夫です。
半跏趺坐は片足を他の足の股(もも)の上に組んで座ることですが、法衣の上からは「あぐら」であっても見分けは付きません。
苦行は、したい方が各自が工夫されて、滝に打たれるなり、峻険な山に登られるなり、読誦を繰り返されたり、好きなようになされれば良いことで、お勧めは出来ません。
むしろ、大切なのは心掛けです。情の問題です。心掛けの問題。
慈悲心にまで高められ継続されれば言うことはありません。
「お坊さん」と言いますと
「お坊さん」と言いますと大層に聞こえますが、ふつうの人のように自覚のない仏教徒でも、死ねば全部「没後作僧(ぼつごさそう)」といってお坊さんにされるのですが、皆さんご存知ない。
どうせのことなら、生きている内にお坊さんになろうかと考える方が、本来あるべき姿というか、極楽往生間違い無しでしょう。
授業料は、得度支具三十万円、毎月の月謝などは不要です。
特別な「法衣」や仏具等は各自、実費でそろえていただいております。
実費の内容はおよそ百万円、明細は、持仏として大日如来と厨子、阿字観本尊。燭台、花立、香炉、五鈷等洒水器等、空衣・如法衣は修行用と外出用、改良服夏物冬物各一。白衣、襦袢、足袋、裾よけ、紐各二、パイル帯、草履、輪袈裟、作務衣、数珠など各一です。
お坊さんが出来上がるまでは、個人差があって、短い人で一年、自信の無い人でも四、五年あれば大丈夫です。
修行には本来際限がありません、ご自分で納得されるまで修行はなさってください。
ご自身に「不安や心配が無く、迷いが無くなって、真実を覚る」までには、一生かけるとも叶わぬ人もあり、その過程があり、短期間で「覚りの境地」に達する方もおられたり…、永い付き合いになります。
なにかと指導的な考え方を持たれるようになれば、今度は世間の救済とか後輩の指導という立場が待っています。
で、僧侶には検定試験はありません。途中で投げ出さない限り、 100%観音院の僧籍が取得出来ます。これは覚りとは無関係です。
僧侶と言うより心の問題が大切で最終的には「聖[ひじり]を目指していただきます。「聖」は検定試験はありません。衆望を得て、世間の人から頂く尊称で、このような尊い人を認定するほど観音院は思い上がっててはいません。単なる僧侶の養成では観音院も世間の皆さまも有意義なこととは認めてくださらないでしょう。「聖」と認定し、尊称するのは世間さまです。目的は高くもっていただきたいと願っています。覚りを求めてください。
観音院の僧侶に、剃髪(ていはつ)の義務はありせんが、清潔な髪型で、ヒゲは毎日剃られるのが好ましいことです。
当寺の法主や住職は毎日剃っておられるけれどもお洒落でなされていることです。
僧侶の日常は、墨染めの衣「法衣(ほうえ)」を着なくてはならないか…、着たい人は、白衣(はくえ)に白足袋、黒の改良服という簡便なものがありますから、好きなようにしてくだされば良い。
僧形(そうぎょう)で街を歩いていて知り合いに会うと、多少の尊敬の念で接してもらうことが出来ます。まずは馬子にも衣装と言う言葉がありますが、その通りです。
大体養成したい人数は年間約五十人、主に住所地の葬儀や法事を執行して頂く仕事があります。それ以外にも、僧侶に社員教育の講話を依頼されたりすることがよくあります。これは、社会人として経験の長い皆さんの方が人気が出る可能性が高いと推定しています。
その他、広島の観音院のように「経典勉強会」、「写経・写仏 教室」とか、「寺子屋」、各種文化教室など、皆さんの得意をもって幾らでも世間に奉仕することがあります。もちろん「パソコン教室」もあります。広島では出版社ももっています。
近い将来には高齢者介護の仕事も必要になると検討しています。葬儀や法事は、どなたも生前の交際の結果として避けて通ることはできません。観音院に僧籍をもっておられる人の葬儀は、友人葬として盛大に厳かに、心を込めて執行されるのが常のことです。
ところで葬儀を執行するには僧侶の衣として金襴の袈裟(けさ)やら、何やら結構費用が掛かりまして、観音院は経理を公開している寺ですから、これから設置する各地の事務所なども、当然ながら、経理を公開します。
今までに経理を担当していた方が居られたら、経理担当のお坊さんになってもらいたいのです。
いろいろと外部と折衝する必要もありますから、そのような担当の人材もおられるでしょう。
お坊さんになって三年か四年はお礼奉公になります。それで運営が軌道にのって、道場の整備、仏具、法具を整え、金襴などの法衣や、その他必要なものがあれば、皆さんで審議し整えられる、給与というか、手当てというか、それは皆さんで相談して決められれば良いと思います。
観音院の運営は、住職が関与しません。信者さんの代表の評議員が役員会で審議して適正に運営されるようになっています。
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葬儀について
人は生まれきていずれは亡くなられる、先に送り、自分も往く。自分の葬儀代を心配せずに人生を充実して過ごし、遺族となっても不安なく、信頼して葬儀を依頼できることが望ましいものです。都会の葬儀の布施は大体90万円以上は必要といわれています。これを少なくとも20
万円は安くしないと、世のためとは考えられないと思いますが、如何でしょうか。
礼拝所は建設しなくても良いし、単なる「お坊さんの集団」でも非常に意味あることと思います。
ですが、社会経験の豊富な方々が皆で相談されれば、何かと素晴らしいアイデアが浮かぶと期待します。
僧侶には定年がありません。足元がふらふらになっても出来るという仕事は今時では珍しいですね。法主さんは70歳ですが、僧侶は有り難いことに、年と共に大切にされる傾向があると言われます。
お金の無い人には、依頼する熱意を受けたら、読経料千円で葬儀をして上げるような気持ちも是非とも持ってもらいたいものですが、難しいでしょうか。
当寺の法主さんは、若い夫婦で幼子を抱えているような場合で、交通事故で主人が亡くなられた場合などは、お布施は帳場に「これから育児にお金が掛かりますから」とそっと置いて帰られたものです。このような優しいお坊さんの集団になってほしいものです。
お坊さんになる人で、土地を持っておられる人がおられたら、そこへ葬祭場などを建てることも考えられます。
土地を提供した方は、そこの住職さんということになります。葬祭場というより、「寺」ですね。
観音院は、葬祭より生きている人の生活指導に重点をおいていて、「悩み事・困り事相談」で役立ち、俗に「駆け込み寺の観音院」として通っています。葬儀は生前の交際の最後の最後の事です。
僧侶の資格を持てば、何処かの寺の住職になれるというご期待があったとしたら、無理な相談です。ふつう一ヶ寺の住職になるには多額の扇子料(前住職の退職金のようなもの)が必要です。加えて、仏縁と衆望がなくては勤まりません。
但し、観音院は世襲性ではありませんので、仏縁と衆望、努力次第で観音院の次や次の住職になれる可能性はあります。
土地はともかくとして、僧侶になられるには多少の資産は必要になります。修行中は収入がありません。僧侶になれても、世間に受け入れられるまでは収入はありません。まぁ儲かるような性質は全くありません。老後の高尚な趣味と考えてもらっても困ります。
どこまで突き詰めても結論は「世のため人のため」です。
僧侶が金銭に困ると、世間に無理を言うことになります。
観音院の僧侶は誰一人として借金はありません。月賦で物を買う者も一人もおりません。カードは社会の仕組みで持たざるを得ませんが、現金の代わりです。
僧侶の資質として
お坊さんになる人として好ましい性格は、社会人としても立派に仕事をなされた人です。「僧侶の世界に逃避しようとするご希望の人」は絶対に向きません。
山寺の住職にでもなって、心静かに読経して、世間の喧騒から逃れて、安らかに往生したいと願われるのは、誤解の最たるものです。
世間の喧騒から逃げ出さず、どのようにすれば良い世の中が創れるか、考えて、実行出来るような創造的人材が必要とされます。
現在の多くのお寺さんは社会常識の外にあります。市場原理ということも、寺院が果たすべ役割も暗中模索でおられる場合が多いようで、この仏教界に世間の皆さんの新しい血を入れて、寺は如何にあるべきか考えてくださる組織を作りたいと願っています。大変に困難なことを考えています。
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大切な運営の公開と財務の公開制度
内緒事は諸悪の根源で腐敗の原因です
経理と運営は完全公開でないと、どこかで情報開示出来ない部分が生じてきます。説明義務が理解できない集団は、守秘義務の範囲も理解出来ません。
宗教団体には個人秘に属する部分(懺悔や悩み事など僧侶として職務上知り得たことなど)があって、国会でも裁判でも証言が拒否出来る強い「守秘義務」があります。
運営の公開は、帳票から損益計算書、貸借対照表はもちろんのこと、上場企業や金融機関以上の完璧な、まるで経理の神様が記帳したようなものを拵えます。
日常の几帳面さが大切で、それほど大したことではありません。現在の常勤監事でもやっていることです。
観音院で伝票無しで使えるものはワープロや自転車だけ、車両を動かせば、日時・目的地・同乗者氏名・燃料を注げばその伝票、お布施を頂くとその金額など、一覧性が極めて高く整理しています。
以前は電話も通話先が全て記録されていましたが、書類が膨大になり、これは廃止されました。
加えて、観音院には監査役に相当する「監事」が三名いまして、これが大きな権限を持っていて、独立して役員会を招集し、その役員会では議長となって「役員の適正でない業務の執行があれば、これを糺す」制度があります。
更に加えて、観音院には役職員の業務適正執行を保証する供託金が二千万円も積んであります。
万一源泉税などの脱漏や、監事から経費の否認を受けると、自動的にその金額の倍額が寺に自動的に支払われます。公私混同などがあっても懲戒処分は行いません。
この供託金は、法主が住職を引退する際に私有財産を処分された一部を供託したもので、これは今後も少しずつ積み上げて行きたいと考えています。
観音院の常勤監事三名の権限は、法主さんに関しては極めて厳しく、睡眠・排出・入浴以外は、一人に放置してはならない、万一、法主に間違いがあると100%監事の責任になる内規があります。
これは一見如何にも厳しい規定のようですが、物品の購入から、何から何まで監事任せ、法主さんと住職さんには心爽やかに法務
(法要、法話などの教化=きょうけ)に専念していただくための内規です。
「戒律」とか内規は、より楽にするため、悪いことが起きないようにするため、良いことが向こうからやって来るように出来ているものです。幸せの器として内規や戒律がある、器が壊れると幸せも失われると考えています。
立腹するのは判断力が足りない
仏縁が有るか、無いか、で考えるだけ
お坊さんが、腹を立てては不可ません。
世間に矛盾があるなら、改善に向けて努力することです。もし、自分に対して理不尽になされることが起きたら「仏縁」が自分に無いか、相手に無いかのどちらかです。立腹することなど、ありえません。
自分のことは出来うる限り自分でする習慣が、お坊さんには必要
になります。
例えば信徒約十万人の頂点に立っているはずの観音院の法主さん、望めば何でも他人さまがしてくださる。法主さんが言われるのには、これは、一僧侶としては、不謹慎、傲慢、横柄、堕落した考え方や行動になりやすい危険な環境、だと思っておられます。
どのような立場になろうとも、慎みとか謙虚さ、出来れば「無欲」になれると良い、とも言われます。
日常的なことがら、便所掃除から洗濯、身の回りの整理など、どんな作業でも、法主さんは、喜んで感謝してしておられます。
例えば、僧侶は食事後に洗い物を流しや調理場に放置するようなことはしません。世間では奥さんがしてくださるようですが、法主さんは完璧な男女平等の考え方を持っておられます。
女性蔑視観や民族差別観、特権意識を持っている人は無くすよう努力してください。
お坊さんは、本来は、蔑視観や差別観は持たないように努力するまでもなく、そのような努力をすることが無く、自然に平等に人を愛せることが望ましいと、法主さんは考えておられます。
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お坊さんの最大の目的は何か
迷いが無く、真実を知ること
迷いが解けて真理を会得することを「悟った」とも「覚る」ともいいます。
そのような人は「覚者」です。覚者は(梵語buddha・仏陀の訳)ともいいます。仏陀は、自ら覚り他を覚らせ、覚りも行も完全な者を覚者と言います。
観音院では、生前に仏縁に従い得度して戒を受け、戒を破らないように「努力目標」として生きて行くことを勧めています。
得度を受けると、「僧名」か院号付きの立派な「戒名」が無料でもらえます。
(仏教徒の本来は、十善戒の内容が理解出来るようになってから、仏教に入門する意味で団体規約の戒律を守ることを約束し、正式な仏教徒としての聖なる名を付けます。その名を僧名といいます。)
ところが、以前は立派な戒名(生前戒名)を望む人もおられましたが、今年三月の得度者は三十名の全員が僧名を希望され、驚くとともに、嬉しく思われました。
二文字の僧名、この世もあの世も共通して使えますが、仏教徒としてふさわしい名前に僧侶らしさがにじみ出ています。
素朴で質素や十善戒を守る意思を示した僧名を、日常使用されることは、とても望ましいことです。
観音院は「良く拝むこと」で知られていますが、これを単なるキャッチフレーズだと思っている人が少なくありません。
僧侶が拝むことは当然のこととしても、信徒さんが一緒に読経されるのが「良く拝むことの実態」なんですが、大勢の人と一緒に読経するのも、一人で読経するのもぞれぞれ良いものです。
諸行は無常で、得度し、修行して僧侶となった人も亡くなられます。通夜も告別式も友人僧が約50名、観音院始まって以来の盛大にして厳粛な葬儀になったことがあります。で、全部の費用は35万円、生花一対、霊柩車、お棺などの費用でした。「情」で通夜に参加し、友を告別式で送る、ここには戒名料の問題も、布施のことも、ことさら話題になるようなことはありません。
葬儀とはかくあるべきという見本のような尊いものでした。
観音院の運営はしばしば話題になります。
僧侶のボランティアが約180名、作務(さむ)に関わるボランティアが約150名。費用は低廉で済みます。昔の村のような機能が現在も生きているのです。
僧侶養成講座を開く理由
当初は、受講者自らの迷いを無くす
観音院の信徒さんは各地に沢山おられまして、葬儀代が高く付いた、法事ができない、などと悲鳴が聞こえてきます。
ならば、信徒さんを含め、多くの人々の為に比較的低廉な費用で葬儀をして差し上げること。
二番目が最も大切なことですが、受講を申し込まれた20人でも30人でも「迷いの無い」日常を過ごしていただくことと、「真実」を知ってもらうことです。
観音院の僧侶は、寺院負担金とか宗費のような負担、寄附金等の依頼はありません。
勉強は一応、午前九時から昼まで、午後一時から四時までの一日六時間、土曜日曜は休みです。ご希望によっては午前午後を選択されることも可能です。教材などは全て観音院で負担します。
より良い僧侶の団体が出来て、世のため人のために尽くして頂きたいのです。観音院には宿泊施設もあり泊り込みで(無料)で勉強されることが可能になっています。予約が必要です。
※公益法人や宗教法人の闇の部分は、運営の不透明さ、説明不十分から発生します。「情報開示」の習慣を持たないと、何を開示し、どこに守秘義務があるか、そのような重大なことの線引きが出来なくなります。プライバシーを守ることと説明義務は、日常の訓練が重要です。高度情報化時代の大切な心掛けです。
※僧侶をサービス業とか自由業として分類することも可能ですが、失礼な話です。僧侶は職業であるとしたら聖職だと思います。
地位とか名誉とか財産の所有などから離れた精神生活を送っているべきだと思います。
相手の立場で考える優しい人柄を目指して、自己の完成に向けて修行を続けている人たちです。
※腹を立てるとか激昂するなんて、僧侶はしては不可ません。あれこれ迷ったり悩んだりするのも僧侶とは言い難いと思います。何かがあった時は改善すれば良いことです。迷いや悩みから遠ざかるこ
とが望ましいと思います。
自分の心を高めながら世間の人の幸せを考えて生きて行きたいと願っています。
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実際の観音院の僧侶の実態は…
(現在、参拝し修行中の皆さんにお聞きしました)
A.親睦会の色彩が非常に濃いようです。月に一度集まって食事会をしたり、大般若転読法要に出仕(しゅっし)して食事をしたり、年中、お寺に漬かりぱなしのように日常法要を手伝ったり、時には葬儀を依頼されたりします。
皆さんと共にみ仏さまのおそばで清々しく、和気藹々と楽しんでいるという感じです。
B.一年に一度くらいは高野山や京都などの団体参拝に連れて行ってもらうこともあります。寺に往復する交通費は自分持ちですが、その他の費用は必要ありません。寺の職員さんは自分の子供のように思っています。
C.法主さんの話は楽しみです。難しい仏教の話を分かり易い現代語で話してくださる、職員さんの親切度は日本一だと思います。
D.諸行は無常で友人が亡くなることもありますが、大勢の僧侶で葬儀を執行します。お布施はもらいません。友人葬で盛大に行います。
E.皆さんにお伝えしたいことですが、ワープロやパソコンなんかが使えないと最近ではお坊さんも勤まらないようで、観音院では以前からワープロやパソコンの「寺子屋」を開いておられるくらいだから、使い方は教えてもらえます。
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「密教と修験道のページ」真言宗「慧蔵院」憲真
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