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世紀末現象は理解出来ぬことが多過ぎる ----1999年9月        月刊「観自在」巻頭の言葉より  住職/高田寛恵 一九九九年を送り二〇〇〇年を迎える法要  ことしは二〇世紀末にあたる。二〇世紀は西暦一九〇一年から 二〇〇〇年までの一〇〇年間。一世紀が二十も集まった「年越し 法要」は盛大に祝いたいと考えています。  世紀末には何やら終りのような感じがあって善からぬ事が起きる ような予想をする人がいる。  終末思想は宗教にしばしば見られるものだが、世紀末とは何の関 係も無い。  それでも今年は世界や人間の終末に相当すると信じる人たちもい るが、災害や幸不幸は例年とそれほど差があるわけではない。  人間の手段と規模の拡大で何かの間違いがあると、被害の規模も 大きくなるのは当然で、この百年間の人間の行動は従前の百年間に 比べて飛躍的に大きくなり、波紋も当然に大きくなる傾向は止む得 ぬことであったと思う。  それにしても平面と思われていた地球が球体であったことを知っ た事よりは大きな驚きはなかったように思えてならない。  観音院の開基は一六〇一年と伝えられていて、来年は四〇〇年祭 に相当する。  多くの寺院が興亡する中で、よくも今日まで続いていたものと、 改めて歴代の住職や檀信徒の方々に尊敬の気持ちが涌いて来る。  二一世紀で怖いことは火山の噴火による気象変化、核拡散や核誤 爆、知らぜらるウィルスの伝染、食料やエネルギーの不足など、幾 らでも上げられるが、人類の英知が結集されて恒久平和の枠組みが 出来上がる可能性もある。  電算機の二〇〇〇年問題は単なる耐久年限想定誤算と小さな節約 がもたらした単純な誤りであった。  新しい世紀には大いなる希望をもって、倫理観を高めながら迎え たいと願っている。 −沈まない−  物事を悪く悪く考える。このようにすると善い事まで本当に悪い 方向に向いて来る事がある。善意には物事を浄化する力がある。  さりとて、全ての物事を善意に受け取るのは単細胞。慎重に判断 しながら前向きに取り組むことが大切。過去を語るは愚痴だ。
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