造ったものは大切にしても必ず壊れる
長持ちさせるには人手とお金が必要です
不殺生という戒は単純に生きているものの生命を断たないことではなく、医師の手当てを受ける、自分自身の健康管理などいろいろありますね。他人の立場で考えることも、不殺生の戒から出てくる考え方です。
不殺生は命あるものに限らず、この世に存在する全ての物に該当する考えでもあります。
観音院で今非常に心配していることは基幹業務に使用している電算機の会社に知っている人が一人も居なくなって今後の運用に心配が生じて来ました。
転勤とか、一身上の都合とか、若しかするとリストラかも知れませんが、放置出来ないので、情報処理一級とC言語とCGIの書ける人二名を職員として迎えました。それに今夏発売された64ビットの中央演算装置が来年くらいは安定すると思っていますので、何処から求めるか決めるのが大変です。
観音院は、最近考えられないような膨張を続けていますが、電算機上では二倍でも三倍でも処理が可能です。
私も三十年前なら自分でソフトを組むのですが、もう無理です。常勤監事たちも、現在でも体調に響きかねないほど仕事で沸騰していますので、もうこれ以上は無理です。
良い人材が選別されて、少数精鋭の組織になりつつあります。
世間は経済的に非常に厳しいようです。お寺も例外ではありません。然し、建物の維持、保守管理に手を抜くことは決して許されないことです。冷暖房器具やらトイレ回り、調理器具やら、そして電算機など、常時点検、買換えなど注意深くする必要があります。
身の回りのことや、安全や衛生のことがきちんと出来ないようでは、精神的な分野で能力を発揮することは不可能です。不注意でミスを犯すようでは礼拝・供養・祈願はきちんと出来ないと考えています。
最近の出来事でひどく気になることが頻発しています。日本は地震列島であり、震度六くらいの地震は何時、何処であっても不思議ではありません。
地震後に石油タンクの覆い屋根が傾いたり、ナフサ(揮発油)が空気に触れて発火したり、作業用の道具を電車沿線に置き忘れたり、これらは耐用年数を超えていたり、勤労意欲が低下しているなどの人為的なことが自然災害に加わって被害を大きくしているように思えてなりません。
最近の列車は増発されて、過密な状態で二七〇キロの速度で走るらしいですが大変に心配です。再三利用しますが、線路の上を走る物は何時か何かで脱線するものと私は考えます。
その先は考えないことにしています。今まで無事故であった、余程の手入れをしないことには必ず事故は起きます。進行中に直下型震度六くらいの地震が起きた場合の様相は多分に想像されていないと思います。
ジャンボジェットも時々利用しますが、何時もこのような大きなものが空を飛べるのは不思議だと思います。
関門トンネルも青函トンネルも怖いと思っています。
本四架橋も何時かは劣化して、脇にもう一本を架ける必要が有ると思います。
ただ、昔の栄華を誇るようなボロブドールやアンコールワットのような遺跡を見ますと、現在の構造物は百年か二百年も経つとどのようになるか思いやられます。
現在までの日本の構造物や建築物は全て世界遺産になるくらいの価値は十分にあると思います。
世界遺産になるか否かは別として、歴史に残るような事故の例に含まれるのは嫌ですが、困ったことに現代の危ないと思うものを利用しないと日々がなりたちません。便利と危険は隣り合わせです。
もう直ぐ衆議院の選挙です。皆さん棄権だけはしないで下さい。
今度の選挙は戦争と平和、郵政の民営化、道路公団の民営化、年金制度などに関わるとても大切な政権、私たちの将来にとって民主主義になってから一番大切なことを担わせる政権を左右するものです。
私は政権も五年や十年は維持されなくては何も出来ないと思います。道路公団も総裁の更迭から緒に就きましたが、未だ評価は定まらないように思います。何方が政権を担当されても同じような課題だと思います。
可能であれば合従連衡や、先の見えない人たちよりは安定した人事で、知らない鬼よりは知った鬼が良いですね。知ってる人たちが言われるにはある程度消費税が上がるのは止む得ないと考えておられますが、余り大きな変化は望ましく無いと思います。
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