| Web版 月刊 観自在 − いたわり 慈しみ 思いやり 相手の立場で考える − |
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| 仏教談議(ぶっきょうだんぎ) その七十二
極楽の居住性 |
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若々しい隣りのご隠居 、聞きたがり屋の隣りの寅雄さん 、です。※「仏教談義」では、仏教でかつて一般にいわれてきた由来や逸話、教養的なことがらを、二人の対談の形式ですすめています。 |
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| 極楽の居住性 | |||||||||||||||||||||||||
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| 抜苦与楽(ばっくよらく) | |||||||||||||||||||||||||
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| 村の小童が作った仏像を 壊した愚かな男の話 「日本霊異記」より |
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| 光仁天皇(桓武天皇の父・七七〇ー七八一在位)の御代、紀伊の国海草の郡のとある村に一人の男が住んでいた。男は生まれつき信仰心などまるで持たない、きわめて粗野な人間であった。 さて、この男が毎日仕事で行き帰りする通り道に、才坂と呼ぶ山道がある。そして、その才坂のふもとの村落に、ちょうど可愛い盛りの小童が住んでいた。 感心に小童は、だれに言いつけられたわけでもなく、山に入り、薪(たきぎ)拾いをして、家事を手伝ったり、そうでない時は才坂の山道をわがものがおにひとりで遊んでいた。 あるとき小童は、山で手頃の木切れを見つけてくると、何を思ったか、せっせとその木を彫り刻んで仏像をつくり、ついで、その辺の石ころを拾い集めて丹念に積み上げ、「塔」らしき形のものをこしらえた。良い出来ばえに満足した小童は、「石ころの塔」をお寺に見立て、木彫りの仏像をその中に安置して、それを相手に日がな一日遊び戯れていた。 そんなある日、才坂を通りかかった件(くだん)の男が、無心に遊ぶ小童の姿を目撃する。男は小童のそばに駆け寄ると毒づいた。 「やい、わっぱ。汝(われ)、そんな愚にもつかぬことをしていて何がおもしろい? 阿呆め」 と、乱暴に斧でもって仏像と石の塔を叩き壊してしまった。 こうして男は肩を怒らして去っていったが、行くこと遠からず、すると、身を投げ出すようにして地に倒れ、口と鼻から血を流し、眼をむいて、あえなく急死してしまったのであった。 いやしくも仏のかたちをしたものを、どうして尊び敬おうとしないのか。 法華経方便品(ほうべんぼん)の偈文(げもん)にもいう。 「もし、童子たわむれに木および筆、あるいは指の爪先でもって、仏の像を画きあげたとしても、それらは、すべて真の仏道を修得することである。 また、一つの手を挙げ、少しく頭を低(た)れ、これをもって仏像を供養すれば(たとえ、それが合掌の体を成していなかろうとも無上道(たぐいない仏道)を成ぜむ」と。 このように児戯(じぎ)にひとしい供養であるとしても、邪心無く行なうならば、仏道成就(じょうじゅ)の域に達するのである。 「まことの道」 真言(まこと)の道は遠からず、 わが足もとを始めとし、わが目の前にあるものを、わが心に霧をかけ、思い悩んで見失う。 それ幸いは遙(はる)かにあらず、心中にして即(すなわ)ち近し、身を捨てて何れに求める、あわれなるかな迷えるものよ、ながき眠りの目を覚まし、まことの道を歩み出せ。 光も暗(やみ)も心から、身をつつしみて十善の教え奉じ 歩み行く、この姿こそ幸いなり。 われら 讃えん天地(あめつち)の、まことは法(のり)のみおやなり。 *観音院常用教典 「まことの道」 十二ページをご参照ください |
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