Web版 月刊 観自在
− いたわり 慈しみ 思いやり 相手の立場で考える 
仏教談議(ぶっきょうだんぎ) その七十一

2003年11月号 [10月号] [12月号]

生前の悪行の報いを受けて
苦しむ亡父に再会する話
「日本霊異記」より

 膳臣広国(かしわでのおみひろくに)は、豊前の国宮子郡(福岡県京都郡)の少領(次官)である。
 文武天皇(もんむ・在位六九七=七〇七)の御世(みよ)、慶雲二(七〇五)年秋、九月十五日、広国は卒然(そつぜん)としてこの世を去った。けれどもどうしたわけか、その三日後の夕暮れ時に、彼は生き返った。
 広国は、見守る家人をしばらくのあいだ、焦点の定まらない虚ろな眼でぼんやり見つめていたが、やがて問わず語りにポツリポツリと話しだした。それはこのようなものであった。


 私の前に、二人の道案内がいたな。うち一人は壮年で、もう一人のほうはまだ少年のようだった。
 一緒に連れ立って行った距離は里程にして二駅を歩いたほどだったから、まず十里ばかりだろうか。
 途中に大きな河があり、そこには黄金に塗られた立派な橋が架かっていた。
 その橋を渡ってすこし行くと、ついぞ見慣れぬ国があった。あまりの物珍しい景色に我慢できず、「ここは何んという国ですか?」と案内者に訊ねると、「汝は知らぬか。ここは黄泉(よみ)の国、閻魔王庁(えんまおうちょう)である」という。

 やがて賑やかな町辻にはいると武器を身につけた数名の官人たちが駆け足で追い越していった。
 その正面に黄金づくりの宮殿が建っている。宮門をくぐってしばらく進むと、金の豪華な椅子に座した王がいた。
 閻魔大王であった。大王が私に対って重々しく口をひらいた。「汝をここへ喚(よ)んだのはほかでもない。ある者がお前を訴えたからだ」といって、部屋の入り口のほうへ顎をしゃくった。するとそこに、大釘で頭のてっぺんから尻まで突き通し、また額から後頭部へ打ち抜かれ、おまけに鉄の縄でもって手足を縛られた女が、八人の獄卒(ごくそつ)に担ぎ上げられて室内に入ってきた。
 目を凝らして見れば、とっくの昔に死んだ妻であった。「汝はこの女を存じているか?」と、大王が訊いた。「はい。私めの妻でございました」と正直に答えると、大王が再び、「汝は何の罪によってここへ来たのか、分かっているか?」「いいえ、皆目分かりません」と答え、私は妻に向かって詰問(きつもん)した。「なぜだ。何んの怨みがあって、この私を訴えたりしたのだ?」「なにを今更まあぬけぬけとよく言うもんだ。あんたは私を家から無情に追い出したではないか----、私は、それが、悔しくて恨めしくて----」と泣きわめく。

 じぃーっと我々のやりとりを見ていた大王が厳かに宣告した。
「よし相分かった。汝、広国に罪はないから、早々に立ち去れ。家に帰って宜(よろ)しい。だが、せっかく冥土(めいど)に来たのであるから、お前の父に会っていったらどうだ」と、南の方角へ行くように教えてくれた。

 父がそこにいた。しかし私が見た父の姿は、見るも無残でそれは名状しがたいものであった。
 真っ赤に焼けた銅(あかがね)の柱を両手で抱えさせられたうえ、鉄(くろがね)の釘を三十七本身体に打ち込まれ、鉄の杖でもって獄卒に容赦なく打ち据えられている。朝に三百回、昼に三百回、夕べに三百回、合わせて九百回日毎に叩かれるという。
「ああ、なんということだ。父がこんな所で、このような苦しみを受けていようとは夢にも思わなかった」と、正視に耐えず嘆くと、口をあえがせながら父が言った。「わしがこのような浅ましい姿になったわけを息子よ、お前は知っているだろうか。
 わしはお前たち家族に良い暮らしをさせるために、八両の綿を人に貸して十両に水増しして徴収したり、ある時は、わずかな稲を貸すと、その何倍もの利息を取ってぼろ儲けしたこともある。
 またある時は他人の物を横領したり、人妻を無理やり犯したり、生き物を理由もなく殺したりした。
 父母に孝養をつくさず、師や目上の者を侮って敬うことなく、村民を我が家の奴隷のように追い使って、それが当たり前と思っていた。その罪の報いによっていま、この身に三十七本の釘を打たれ、毎日九百回鉄の鞭で叩かれている。痛い、苦しい----、お願いだ、広国----どうか、わしのために、仏を造り、経を写し、生前わしが犯した罪の償いをしてくれないか。そうすれば、今のこの苦しみから抜けだせる----広国、頼む----。

 亡父の話はまだつづく。
 −−あれは七月七日のことであった。お前たち膳臣家で先祖の供養をしていたとき、わしは大蛇となって、お前の家に行き、屋内に入ろうとすると、家人が杖でもってわしを叩き出した。
 また、五月五日には、赤い小犬になり、尻尾をふりふり家に近づくと、お前たちは大きな犬をけしかけて、わしを追っ払った。そのせいでわしは空きっ腹をかかえて逃げるしかなかった。
 ただ一度、正月元旦、猫になって行ったときだけは例外だった。
 なんの支障もなく家にはいれたばかりか、供養のご馳走を腹一杯食べることができたから、それで三年間どうやらひもじい思いをしないで済んだ。
 生前に悪いことをした罰とはいえ、思えばわしもあさましい姿になったものだ。
 あろうことか大蛇になって棒で叩かれたり、口からよだれを垂れ流し、物欲しげに門口をうろついたり、元はというとわしが主人であったその家から、あたかも疫病神のごとく、邪険に追い払われてしまう・・と、亡父は悲痛な声をあげて泣いた。
 そんな哀れな父を見て、私はわが胸をしめつけられるおもいであった。

 およそ米一升を布施(ふせ)すれば、その報いとして三十日の粮(かて)を得、衣服一具を布施すれば一年分の衣服の報いがあるとされる。
 また、つねにお経を読むほどの者は、東方の金の宮殿に住んで、ねがい次第によっては天上界にその後生まれることもあると聞く。
 そして仏菩薩を造る者は、西方無量寿浄土(阿弥陀如来のまします極楽浄土)に生まれ、放生(ほうじょう・山野池沼に生き物を放つ)する者は、北方無量浄土(普賢菩薩がまします浄土)にうまれるという。
 そしてまた、一日斎食(さいじき・「斎・とき」とは正午を過ぎたあと食事を摂らぬ制約のこと。転じて、仏事法要などに食を供養すること)する者は、十年の粮を得るとされている。

 このように、善いことや悪いことをした結果についてまわる報いのあれこれを考えながら、トボトボと歩くうちに、冥府へ来たときに渡った見覚えのある大橋が目の前にあった。
 渡ろうとして橋の袂に近づくと番人が出てきて行くてを遮った。「これこれ、どこへ行く。この国のなかに一度入った者は、ここから外へ出ることは相ならんから引き返せ」という。

 さあ、これは困ったことになった、と、しばらくのあいだ、その辺を行ったり来たりして思案していると、どこからか一人の少童が現れた。すると、遠くから私の行動に目を光らせていたらしい先ほどの番人が小走りに駆けてき、地べたに両手をついて恭しく少童を礼拝したのである。
 はて、この少童はいったい何者なのであろうか? 恐ろしげな番人をこのようにひれ伏せさせる力が、この子どものどこに潜んでいるというのだろうか、と小首をかしげていると、少童は私を手招いた。そして、橋に通じる大きな門をみずからの手でガラガラと押し開けた。
「ここは心配いらないから、早く行きなさい」と笑顔でいう。
 わけが分からぬまま「まことにかたじけない。しかし、それにしても貴方はどなたさまのご子息でいらっしゃいますか?」と訊ねると、少童がまたにっこり微笑んだ。
「わたしのことを知りたいとおもうならば、広国さん、あなたがまだ幼かったころ、一生懸命に写経した妙法蓮華経観世音菩薩普門品(ふもんぼん)第二十五を思い出すとよい。わたしはその経の本体そのものなんだよ」


 そして、ふと、気がついてみると、この世にまた生き返っていた----と、広国は長い話を結んだのであった。
 広国は冥府(めいふ)に行って善悪の報いをつぶさに実見し、その不思議な体験譚(たん)を書き記して世間に公表した。
 罪をつくり、その報いを得る因縁(いんねん)は、大乗経にくわしく説いているとおりである。
 経にいわく「現在の甘い汁を吸っていると、未来は鉄の玉を呑まされる(楽は苦の種)」というのは、このことを言う。
 広国は、そののち、父のために仏を造り、経を写し、三宝を供養して亡父の罪を贖(あがな)い、それより以後、邪を転じて正におもむいた、ということである。

真理はただひとつ
 維摩経は説く。
 「仏一音(いちおん)をもって法を演説するに、衆生(しゅじょう)類にしたがって、各々(おのおの)解(げ)することを得、皆おもえらく、世尊、その語を同じうすと。これ即ち、神力不共の法なり。
 仏一音をもって法を演説するに衆生各々解するところにしたがって、あまねく受け行なうことを得て、その利を獲(う)、これ即ち神力不共の法なり。
 仏一音をもって法を演説するにあるいは恐怖(苦諦・くたい)し、あるいは歓喜(滅諦・めったい)し、あるいは厭離(おんり・集諦)を生じ、あるいは疑い(道諦)を断ずるものあり。これ即ち神力不共の法なり」と。

 法をお説きになる仏は、おなじひとつの言葉で、ただ一つの真理しかお述べにならないが、それに耳を傾けるほうの者たちは、それぞれ衆生の機根(きこん・各自の心のなかに備わっている仏の教えに適応する力)の差異によって、各人各様勝手に自分なりの解釈をして得心してしまう。
 すなわち、なるほど、そういうことなのか、と感心し納得し、それで十分に理解したつもりで安堵(あんど)する。つまり仏の真意は、各自の頭のなかに入ってしまうと原型をとどめず曲げられ、ばらばらに分解されて、仏がお説きになったものとはほど遠い意味に変形する。
 それでいて、仏はなんと言われたか、と改めて問えば「ほとけさまはかくかくしかじか、このように言われた」と、仏の言葉を一字一句違えることなく、忠実に復唱するのである。
 すなわちこれは、霊妙なる神仏の力といえども、すべての者に対して均等におよびわたらない、という意味である。
 法をお説きになる仏は、ひとつの言葉でもってたった一つの真理をお述べになるが、その法を聴いた衆生たちは、それぞれの理解度の浅深にしたがって、それぞれが教えられたとおり忠実にそれを実行し、それぞれ分に応じた利益(りやく)にあずかる。
 これすなわち、神仏の力は均一でなく、そのおよぼすところに、厚薄のばらつきがある、というの
である。

苦集滅道
 法をお説きになる仏は、ひとつの言葉でもって、たった一つの真理しかお述べにならないが、それを聴く側の衆生は、あるいは恐怖(苦諦・くたい)したり、あるいはまた歓喜(滅諦・めったい)したり、あるいは厭離(集諦・じったい)したり、あるいはまた疑いを断じ(道諦・どうたい)たりする。これすなわち神仏の力は共ならず、ということの証左である。

 なお、右の文章には少しばかり説明を加える必要があるだろう。
 恐怖のか所に、括弧付きで苦諦とか、歓喜に括弧して滅諦とあるのは、苦集滅道(く・じゅう・めつ・どう)の四諦、すなわち迷いと悟りの因果を説く四つの真理を示したものである。
 つまり苦諦(くたい)とは現在の苦悩を、集諦(じったい)とは肉体や財産への執着、滅諦(めったい)は苦をなくした安楽の境地、道諦(どうたい)とは道をおもって、修行することである。これを四諦(したい)という。
 以上のように仏教においては、上根、中根、下根(げこん)の機類に応じ、そしてまた、機縁(きえん・衆生の機根と仏の教えを受けるべき因縁)に応じて、おのおのが応分の利益(りやく)にあずかるのである。
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