まぼろしの鈴之僧正(すずのそうじょう)

 観音院の法主(ほっす)は俗に「鈴之僧正」と呼ばれている。52歳の
時、突然引退を表明し、観音院の代表役員住職を辞任し、引き継ぎを済ま
すと忽然と消えてしまった。関係者が手を尽くして八方を探したが行方が
つかめない。中国の西安で荷車を引いていた中国人労働者がよく似ていた
とか、大阪の難波で浮浪者によく似た人物がいるとか、極端なうわさでは
ルワンダで見かけたという人もあったくらいだ。
 今治の病院から電話があって、職員が駆けつけると正真正銘の法主さん
が栄養失調で朦朧としておられた。広島の病院に転送し、一週間くらいで
元気になられた。

 この時から、腰に鈴を付けられるようになった。観音院の職員は概して
真面目ではあるが、時には気を抜くこともある。その時に法主さんが来ら
れて気まずい雰囲気が流れた。鈴の音が聞こえれば、法主さんが近づかれ
たのが分かり、直ぐ言動をていねいに改めることができる。以来腰に鈴を
付けられるようになった。
 おかげさまで、職員も信徒も法主が来られると鈴の音がチリンチリンと
鳴るので不細工なところは見せなくても済むようになった。職員が怠惰な
態度を見られることも無く、恥ずかしい思いをすることも無くなった。

 ところが、法主さんは、人間関係に"さざ波"が立つと、菅笠(すげがさ)
に粗末な法衣(ほうえ)を着て、托鉢(たくはつ)とは体の良い言い方だ
が、事実上の放浪の旅に出られる。
 野宿、乞食(こつじき)などは一番の道楽らしく、始末におえない僧侶
だが、引退以来、金襴(きんらん)の法衣を付けられることは無くなり、ど
んな大きな法要の導師(どうし)を勤められる時でも、木綿の洗い晒した
法衣しか付けられない。何時のまにか「鈴之僧正」と世間から呼ばれるよ
うになった。
 職員は鈴之僧正に全て救われた者で、恩人と思っているから、ふいっと
出て行かれては困ってしまう。

 「トトロのお坊さん」と子どもは言っている。「サンタのお坊さん」と
言う子どももいる。歩いておられると犬が先導し、猫が付いて歩くことも
ある。スズメが肩に止まることもある。動物に好かれておられるらしい。
 喫煙はなさるが、酒は一滴も飲まれない。歌われない。一切スキャンダ
ルは無い。公認会計士が太鼓判を押すほど金銭に関しては恬淡としておら
れる。
 とても海や山が好きで、瀬戸内海の漁師さんに友達や信徒が多い。「ト
トロのお坊さん」は魚にも好かれていて、平成7年の秋には1時間にサバ
204匹を釣られた記録がある。イワシを一度に400キロも掬われたこ
ともある。全部布施されてご自分では一匹も食べられることが無いくらい
鮮度に人気があり、信徒さんたちが全部持って帰えられた。
 正月前後には菓子の大入り福袋を5000袋も用意されて、子どもさん
に上げておられる。

 美しい印鑑を彫るのが、趣味かもしれない。頼まれれば幾らでも無料で
彫られる。世間では「鈴の印」と言われ「この印鑑を持つと運が良くなる」
と貰った人が言い、素晴らしい人気があるが、売られていないので「まぼ
ろしの印鑑」と言われ、全国各地からわざわざ依頼しに来られる人が多い。

 いろいろな逸話があるが、まさに「まぼろしの如く」滅多なことでは、
お会い出来ない。運が良いと人を選ばず一緒に食事もご馳走されるし、兄
弟姉妹のように交際されている。およそ世間の僧侶と言う概念ではつかみ
きれない、社会的態度と行動をとられるので、先入観を持たないで近づか
れると良い。少なくとも、あなたに幸運がもたらされるようになる理解を
超えた善意の人である。
 何時、何処に居られるか把握しきれないので、運が良ければお会い出来
るとしか説明しようがない。するりと放浪の旅に出られることがある。

 今日起きたことは寝るまでに済まされ、将来に向かっては一切約束され
ないので、どこで野垂れ死にしても誰にも迷惑は掛らないよう過ごされて
いる。親切で思いやり深く、相手の立場で考える方で、優しさは天下一か
も知れないと言われている。
 過去のことは語られない。過去を語れば人を傷付け、自分も傷つくこと
がある。将来のことも語られない。明日をも知れない身であることをよく
知っておられるからである。
 最近は、忽然と居なくなられても、以前ほどは心配しない。ノートパソ
コンとデジタル携帯電話を持たれていて、必要なことについてはメールが
届くし、電話が通じることもある。

老僧の日常(97/06)

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